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台湾第2の都市、高雄。
その中で最も古い時代から発展してきたのが旗津半島です。
旗山という小さな山の後ろに街があっことから、以前は旗後(后)と称されていました。1858年に締結され天津条約により、1860年代に開港され、高雄では最も早く栄えました。

日本統治時代になると街の中心は対岸に移り、旗津はだんだんと寂れてしまいますが、結果として現在でもどこか懐かしい雰囲気を残したエリアとなっています。

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もっとも一般的なアクセスは、市内からフェリーに乗船する方法です。MRT西子湾駅から徒歩10本ほどの位置にある鼓山輪渡站まで歩き、そこからフェリーに乗って旗津輪渡站へ向かいます。おおよそ10分に1本の運行がありますが、休日は混雑のため1〜2本の船を待つことになります。
(午前中は旗津行きが混雑し、夕方になると鼓山行きが混雑します。)

また、高雄85のそばにある新光碼頭からも休日13:00〜20:00の間に40分間隔でフェリーが出ています。

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(新光碼頭〜旗津輪渡のフェリーを利用する方へ)
最近できたばかりみたいなので、時間等は変わるかもしれません。本当に運行しているか観光案内所などで確認してみてください。写真は2015年1月に新光碼頭で撮影したものです。


海底トンネルでも結ばれているのでタクシーなどでも訪問可能です。

フェリー乗り場の付近、海鮮料理レストランや屋台が立ち並んでおり、清代に建てられた旗後砲台、旗後天后宮、日本統治時代に建てられた旗後灯台、砂州の景観を活かした海岸公園など見所も多く、高雄を代表する観光スポットとなっています。

ぜひ、高雄に訪問した際は訪れていただきたおすすめスポット「旗津」。次回以降、旗津の名所を紹介していきます。

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日本統治時代の台湾につくられた製糖工場跡”高雄・糖業博物館”(1)の続きです。

前に訪問した時は、工場内は閉鎖されていましたが、2014年12月に二度目の訪問したところ、以前は閉まっていたシャッターが開いており中に入れるようになっていました。

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中に入ると、最近になって整備したのではと思える部分が見受けられましたので、以前に閉鎖れていたのは危険だったので再整備をしていたのでしょう。

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内部には機械がそのまま残されており見応え満点です。

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時代を感じさせるコントロールルーム

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外に出ると、後ろの倉庫の一部が十鼓文化村という太鼓のパフォーマンスをする芸術集団の拠点になっています。今回は時間がなかったので見ませんでしたが、インターネットで評判を見てみると伝統的な太鼓のショーが迫力あって面白いと好評です。レストランや庭園もあるのでぜひ足を伸ばしてみてください。

↓火事で天井が焼け落ちたらしい倉庫が庭園としてリノベーションされています。
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↓中にあったレストランでベジタブルの水餃子を注文。カラフルでとてもキレイ。味も美味しかったです。
ドリンクも入れて、たしか100元台だったと思います。結構、良心的な値段設定でした。
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線路側にまわると、かつてサトウキビを運んだ鉄道設備がそのまま残されています。
普通の電車の五分(半分)の大きさなので五分車というらしいです。
かなりの数の車両が保存されており、中には日本の日立製の機関車もまぎれていました。

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製糖工場が変に観光化されずにそのままの形で保存されているのが特長です。
高雄の観光スポットの中でも最も楽しむことができました。とても広いので駅で自転車を借りてまわってもいいかも♪
英語や日本語の解説文は少ないですが、言葉がわからなくても見ているだけで楽しめますのでぜひ訪れてみてください。

■台湾糖業博物館
TAIWAN SUGAR MUSEUM
年中無休 営業時間9:00〜17:00 入場料無料
高雄捷運紅線「橋頭糖廠駅」下車



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日本統治時代に、サトウキビの生産が全土で盛んにおこなれていました。サトウキビを運ぶための鉄道や製糖するための巨大な工場が多額の資本を投入して各地に建設され、台湾を代表する輸出産品となっていました。

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その工場の一つとして整備されたのが、今回ご紹介する高雄の「糖業博物館」です。工場跡は、過度に手が入らずそのままの形で保存、観光化されています。(日本人の感覚でいうと、ほったらかしに近いです。「ちょっと危険じゃない!」と突っ込みたくなるほどボロボロの部分もあります。)

もともとは、日本統治時代に三井財閥を中心に日本の財界が設立した台湾製糖株式会社がつくった製糖工場(糖廠)で、1902年に操業を開始しました。戦後は、中華民国政府が設立した台湾糖業公司が、1999年まで操業していました。
(台湾製糖株式会社、台湾糖業公司はどちらも略称が「台糖」でまぎらわしいですが、別会社です。)

廃墟に興味はあるけれども、勝手に侵入する勇気はない、という方
そんな人どれだけいるのかは定かではないですが(^_^;)
にオススメです。入場料も太っ腹な無料です。

高雄、新左営から昌運に乗って、北部の工業地帯を超えた橋頭糖廠駅にあります。
駅からはかつてサトウキビを運んだ鉄道(便宜をはかって旅客も運んでいた。)が観光用として残されており、工場まで往時を偲びながら鉄道の旅を楽しむことができます。

駅から工場とは反対側、南側に5分ほど歩くと、太平洋戦争時に整備されたレンガ造りの防空壕が残されています。道すがらに、日本式の家屋(たぶん工場の社宅ではないかと、、)がリニューアルされて芸術フォーラムや飲食店として再活用されていますので、それらを眺めながら寄り道してはいかがでしょうか。

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観光鉄道を使わない場合、工場には駅から北側へ歩いていきます。途中には、工場時代の購買がお土産屋さんと軽食を提供する施設として現役で使用されています。工場の中にも似た施設はあるのですが、こちらの方が大きく品揃えがいいです。高雄らしいものが比較的リーズナブルな値段で販売されています。休日に訪問すると、台湾の人たちで混雑しており、人気のほどがうかがえました。

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さらに歩くと、日本家屋が見えてきます。これは、工場長の官舎らしいです。
向かいには副工場長の官舎もあり、以前はボロボロのまま放置されていましたが、2014年12月に訪問したところ整備のための工事が入っていました。

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工場長の官舎から道を横に折れていき南洋らしい植物が生い茂る気持ちのよい、構内をしばし歩いて行くと奥には、お茶の売店があります。茶葉のお土産が並んでおり、メインは現地の中国茶ですが、中にはなぜか日本と同じ仕様の日東紅茶が紛れていました。なぜ??

すぐに飲めるお茶も販売しているので、喉を潤すのに最適です。
この施設も前に訪問した時はなかったと思うので、最近できたばかりだと思います。全体的に工事が入っており、施設の整備をすすめている印象を受けました。

さらに進んでいくと、購買部を転用した売店が見えてきます。ここで必ずチェックしていただきたいのが台糖製のアイスキャンデーです。わずか12元(40円ぐらい)〜で、コーラ味、パイナップル味など10種類ぐらいの様々な味のフレーバーがあります。

工場が操業していた時代も暑い中で働く従業員に愛された伝統のアイスです。気軽に食べられる小ぶりなサイズが嬉しいです!私はミルク味を選びました。ここまでオススメしておいてなんですが、あんまりしゃりしゃりしたアイスは好きじゃないのです。でも、ここで購入したアイスは普通のアイスキャンデーよりもコクがあって、かつ普通のアイスクリームよりはさっぱりという絶妙なバランスでおいしかったです。

(続く)
次回は、工場内と製糖鉄道の施設をご紹介します。

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台湾最古の要塞である安平古堡から北側へ2〜3分ほど歩くと
白い瀟洒な建物が見えてきます。

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この建物は、昔の商館である「徳記洋行」で内部は安平地区の貿易や産業の歴史を
紹介した博物館(開拓史資料館)になっています。

このエリアにゆかりのある様々な国の人の生活様式や昔の産業の様子を蝋人形で再現しています。

↓塩田で働く人達(安平地区のすぐ北側は塩田や湿原地帯になっています。)
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私の持っているガイドブックにはやたらと不気味、不気味と書いてありましたがそれほど不気味ではなかったです。

そのすぐ隣には「安平樹屋」と呼ばれる、樹々に埋もれてしまった
昔の倉庫があります。

成長の早いガジュマルにレンガ造りの倉庫がうずもれており、まるで遺跡のよう。
大きな木々の根っこにつつまれていたり。
まるでSFの文明の崩壊した世界みたいです。

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台湾の人にも人気があるようで、多くの人で賑わっていました。
歩道橋のような通路が設けられており、上から「安平樹屋」を眺めることもできるようになっています。

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もともと、塩の倉庫として、使われていたのですが、戦後まもなくのころから放置されこんな状態になってしまったようです。

2008年に台南市が整備して、現在に至るようです。台湾の人の間ではラピュタのようだと言われているらしいデス。

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チケットは「徳記洋行」「安平樹屋」の両方がセットになっており50元です。

台湾の連休に訪問したため、チケットを購入するのに10分ほど並ぶほどの大人気でしたが、中に入ってしまえばそれほどの混雑感を感じることはありませんでした。(安平樹屋が人気のようです。)

安平地区に行ったのなら、ぜひ訪問してみてください。オススメです。

台南駅から安平地区へ

台南の市街地から路線バスで1時間ほど海に向かった場所が安平地区です。
タクシーだったら半分ぐらいの時間で、実は歩いても1時間ほど。

行きは歩きましたが、車が多くて歩きにくいのであまりお勧めできません。
特にいくつもの大通りが集まるロータリーを越えるのがめんどくさかったです。
日本にはないので、どっちに気をつけて渡ったらいいのかもよくわからないという辛さも。

途中で湿原を横手に見ながら歩いたのはいい思い出になりましたが、、
やはり車が多く排気ガスが辛かったです。安平地区から湿原まではすぐ近くですので
一旦、安平地区に向かってから周囲を散歩することをお勧めします。

帰りは徳記洋行、安平樹屋のそばのバス停から路線バスに乗って帰りました。
バス停が多く時間がかかるのでタクシーを使ったほうがてっとり早く行けると思います。バスでは台北の交通カード「悠遊卡」が使えました。

安平老街

安平地区の中にある安平老街は、古い町並みが残されているエリアです。
伝統的なレンガ造りの家屋が立て並んでおり、路地歩きがとっても楽しい。
(北京などの四合院住宅に似ていますが、小ぶりで中庭は四合院のように建物で四角く囲われてはいません。)

路地の中にも観光スポットが隠れており、古い昔ながらの建物が
オシャレなカフェや雑貨屋さんとして改装されています。
(日本で言ったら奈良町みたいなイメージです。)

屋台もたくさん出ており、食べ歩きも楽しむことができます。
数十元で食べ歩きに嬉しい小ぶりなサイズの屋台料理を楽しむことができます。
海に近い土地らしく、エビの屋台が目につきました。

安平古堡

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安平老街を奥まですすんでいくと、大きな城塞が見えてきます。
これが安平古堡と呼ばれる台湾最古の城塞です。
入場料は50元、次から次へと人が訪れる大人気の観光スポットでした。

この安平古堡はオランダ東インド会社が台湾統治の拠点として建設したのが
はじまりで、当時はゼーランディア城と呼ばれていました。

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その後、鄭成功がオランダ人を追い払い、安平城と名前を変えて居城として利用したそうです。

その後、清の時代は放置され荒廃していったようですが、日本統治時代に軍の宿舎として利用され、オランダ時代の城塞はとは異なる形に改装されました。
現在残っているのはほとんど日本時代にに作られたものです。

その後、中華民国政府によってオランダ時代の残存部分が国家1級古蹟として保護され今に至ります。

台湾の休日に訪問したため、観光客でいっぱい。
高台の上にある洋館ではアイスクリームを販売していましたが長蛇の列。

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展望台の階段もいっぱいですれ違うのが困難なほどで、展望台からは混雑でほとんど外を見ることができませんでした。

建物の一つは博物館になっており、オランダ時代からの歴史を学ぶことができるようになっています。

安平古堡から北側にあるくと昔の商館である「徳記洋行」と
樹木に埋もれてしまった倉庫「安平樹屋」があります。

次回はこの二つをご紹介します。



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